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東京地方裁判所 昭和57年(ワ)11002号 判決 1985年4月24日

原告 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 木津川迪洽

被告 鈴木喜晴

<ほか一名>

右両名訴訟代理人弁護士 宮原守男

同 須々木永一

右両名訴訟復代理人弁護士 近藤卓史

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自金五五九四万八九九一円及びこれに対する昭和五七年九月五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  事故の発生

原告は、左記の交通事故(以下、「本件事故」という。)により、脳挫傷、頭蓋内出血、背部打撲、右顔面裂創の傷害を受けた。

日時 昭和四三年三月四日午後一一時四二分ころ

場所 東京都世田谷区玉川用賀一丁目六七番地先交差点(以下、「本件交差点」という。)

加害車両 普通乗用自動車(横浜五の八九)

右運転者 被告鈴木喜晴

被害車両 普通乗用自動車

右運転者 原告

事故の状況 本件交差点において、原告が青色信号に従って進行中、赤色信号を無視して進行してきた加害車両と衝突した。

2  責任原因

(一) 被告鈴木喜晴は赤色信号に違背した過失により本件事故を惹起したものであるから、民法七〇九条に基づき、本件事故により原告が被った損害を賠償すべき義務がある。

(二) 被告鈴木登久治は加害車両を所有し、これを自己のため運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法三条本文に基づき、本件事故により原告が被った損害を賠償すべき義務がある。

3  後遺症

(一) 原告には、(1)慢性的な頭重感、及び、(2)一時的に意識の欠落症状となる意識障害の症状が存在するところ、右(1)、(2)の症状は、本件事故の後遺症である。

(二) 原告は、昭和五三年一二月二九日午後八時三〇分ころ忘年会において飲酒中、極度の興奮状態を呈し、そのため他人に対し傷害行為をなし死に致らしめる等した。原告は、右事件の公判中に鑑定人医師影山任佐による精神鑑定を受けたところ、昭和五五年一月八日同鑑定人により交通事故による頭部外傷後遺症があり大量飲酒下で複雑酩酊状態を呈した、との鑑定がなされた。右公判において原告は懲役三年未決勾留日数通算三六五日の判決の宣告を受け、同年八月一五日から昭和五七年一月二二日に仮出獄するまで黒羽刑務所で服役した。

かように、原告には適量を越えた飲酒時に異常酩酊となる精神異常があるところ、右もまた、本件事故の後遺症に当たる。

(三) 本件事故による前記(一)、(二)の原告の後遺症は、自動車損害賠償保障法施行令二条別表後遺障害等級表九級一〇号「神経系統の機能又は精神に障害を残し、服することのできる労務が相当な程度に制限されるもの」に該当する。

4  損害

原告は、前記3の後遺症により、次のとおりの損害を被った。

(一) 慰藉料 金二六一万円

但し、自動車損害賠償保障法施行令二条別表後遺障害等級表九級該当の後遺症に対する昭和五三年基準による慰藉料額である。

(二) 逸失利益 金四八一八万九〇八三円

原告は、昭和五三年当時、自らダンプカーを所有し、これをもって栃木県安蘇郡葛生町大字仙波所在の浅野建材店に勤務して砂利運搬をしており、前記犯行前の三か月間の収入は金一四二万五一四〇円で、一日当たり金一万五四九〇円であった。原告は、本件事故による後遺症(前記3(二)後段)により前記犯行をなして昭和五三年一二月二九日に逮捕されてそのまま勾留され、引続き、前記のとおり、昭和五五年八月一五日から服役し、昭和五七年一月二二日に仮出獄した。

よって、昭和五三年一二月三〇日から昭和五七年一月二二日までの間の原告の逸失利益は拘禁中であったから一〇〇パーセントの労働能力を喪失したものとして算出すべきであり、その後原告(昭和二一年八月二五日生れ)が六七歳に達する昭和八八年までの間は、前記3(一)、(二)の後遺症により、三五パーセントの労働能力喪失によりこれを算出すべきである。

昭和五三年一二月三〇日乃至昭和五七年一月二二日の逸失利益

15,490(円)×1,119(日)=17,333,310(円)……①

昭和五七年一月二三日乃至昭和八八年八月二四日の逸失利益

15,490(円)×365(日)×35/100×15.5928=30,855,773(円)……②

(但し、一五・五九二八は、年五分の割合による三一年のライプニッツ係数である。)

①+② 金四八一八万九〇八三円

(三) 弁護士費用 金五一四万九九〇八円

本件は財団法人法律扶助協会の扶助事件であるところ、手数料金七万円が同協会より立替払されている。また報酬額は同協会で決定することになるが、通常受けた経済的利益の一〇パーセントである。よって、右(一)、(二)の合計金額、金五〇七九万九〇八三円の一〇パーセントである金五〇七万九九〇八円を弁護士報酬として、前記手数料金七万円に加え、合計金五一四万九九〇八円の弁護士費用を請求する。

よって、原告は、被告らに対し、本件事故による損害賠償として、各自金五五九四万八九九一円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五七年九月五日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払をなすことを求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1のうち、事故の状況は争い、その余は認める。

2  同2(一)は争う、(二)のうち、被告鈴木登久治が加害車両を所有し、これを自己のため運用の用に供していたことは認める。

3  同3(一)のうち、原告に同(1)、(2)の症状が存在することは否認する。仮に、前記症状が現在原告に存在するとしても、それが本件事故の後遺症であることは否認する。

同(二)のうち、前段は認めるが、後段は否認する。原告主張の犯行時の原告の酩酊状態は単純酩酊であったと考えられるが、仮に複雑酩酊であったとしても、頭部外傷と複雑酩酊との因果関係については最近においても解明はなされておらず、むしろ、(1)原告には本質において粗暴な性格が存在する、(2)前記犯行当日原告は空腹で疲労していたにもかかわらずかなりの飲酒をした、(3)日ごろから不満を抱いている人物の出席している宴に出席した、以上(1)ないし(3)の条件の下で複雑酩酊に陥ったもので、複雑酩酊が本件事故の後遺症であることは否定されるべきである。

同(三)は争う。なお、仮に、原告に同(二)主張の飲酒により異常酩酊となる精神異常が存在するとしても、飲酒が原告の労働とは全く関係のないことから「服することができる労務が相当な程度に制限される」ことにはならず、したがって、右精神異常が原告主張の如く労働能力喪失事由たる後遺障害(自動車損害賠償保障法施行令二条別表後遺障害等級表九級一〇号)に該当するとすることは、その主張自体失当である。

4  同4は争う。

三  抗弁

仮に、請求の原因3(一)、(二)において原告が主張する症状等が本件事故による後遺症であるとしても、原告と被告鈴木喜晴は、昭和四四年七月一三日、本件事故により原告が被った損害賠償として、同被告において原告に対し既払額金二九一万六四七九円(内訳 人身損害分金二七九万八四七九円、車両損害分金一一万八〇〇〇円)のほか、更に人身損害分金一七〇万円(これにより、人身損害分合計が金四四九万八四七九円となる。)を支払い、原告はその余の損害賠償請求をしない旨の示談契約を締結したものであるから、原告の本訴請求は失当である。

四  抗弁に対する認否

被告ら主張の示談契約の締結の事実は認める。

五  再抗弁

原告が本訴請求の原因3(一)、(二)において主張する後遺症について、原告は、右示談契約の締結当時これの発症を認識せず、又は右発症を予測することが不可能であったものである。したがって、原告が本訴において請求する損害については、右示談契約の効力の範囲外であるというべきである。

六  再抗弁に対する認否

否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  請求の原因1の事実は、事故の状況を除き、その余の事実は当事者間に争いがなく、事故の状況については、《証拠省略》によれば、原告が、被害車両を運転して、本件交差点(信号機により交通整理が行われている交差点)内に青色信号に従って進入した際、赤色信号であるにもかかわらず同交差点に進入した被告鈴木喜晴運転の加害車両に衝突されたものであることが、認められる。

二  前記一判示の事実によれば、被告鈴木喜晴は、赤色信号に違背した過失により、本件事故を惹起した過失があるというべきであるから、同被告は、民法七〇九条に基づき、本件事故により原告が被った損害を、賠償すべき義務がある。

被告鈴木登久治が加害車両を所有し、これを自己のため運行の用に供していたことは、当事者間に争いがなく、これによれば、同被告は、自動車損害賠償保障法三条本文に基づき、本件事故により原告が被った損害を、賠償すべき義務がある。

三  そこで、原告主張の後遺症について検討する。

1  《証拠省略》を総合すれば、原告は、本件事故後、小倉病院に昭和四三年三月五日から同年一一月一一日まで二五二日間入院したほか、国立大蔵病院等の病・医院に通院し、昭和四四年七月ころ、その時点で、①頭重感、頭痛、易疲労、フラフラ感の自覚症状、②軽度の性格変化(神経質、物事にこだわる、おとなしい)、③耳鳴り及び嗅覚障害、④両眼の同側性視野欠損(同側性半盲)、以上①ないし④の後遺症を残して、症状が固定したこと、その後同年ころから、運送会社に車持込みで勤務するなどして稼働するようになり、右運送の仕事を継続して昭和五二年七月には栃木県安蘇郡葛生町所在の浅野建材店(浅野寛経営)の支配下に入り、自己所有のダンプカーを運転の上、同県内から千葉県方面への砂利運搬の仕事に従事するようになったこと、同年一二月二九日午後八時三〇分ころ、同町所在のわかば秀山荘二階で行われた浅野建材店関係の忘年会の席上で飲酒中、原告は、運賃等のことで浅野寛にからみ、これを制止しようとした浅野昭の頭部を空のビールびんで殴打するなどしたほか、更に、原告の右犯行を制止しようとした寺内節男の右側頸部を、右犯行の際割れたビールびんの割れ口で突き刺して同人を失血死するに至らせ、右の各犯行につき、傷害、傷害致死被告事件として公判請求され、昭和五五年七月一四日、宇都宮地方裁判所足利支部で懲役三年、未決勾留日数通算三六五日の判決の宣告を受け、これにより、同年八月一五日から昭和五七年一月二二日に仮出獄するまでの間、黒羽刑務所で服役したこと、右仮出獄後、原告は、同年三月二四日から都内の東都自動車株式会社(西新井第二営業所)にタクシー運転手として勤務するようになったこと、ところで原告の前記症状固定後の症状経過を見ると、前記傷害、傷害致死被告事件の公判中、原告の後記判示にかかる精神鑑定に当たった鑑定人医師影山任佐に対し、原告は、本件事故による入院治療の退院後、暫くは頭重感が続いていたが、前記各犯行の数年前にはこれが完全に消失している旨、申述しており、なお、右鑑定の時点で脳波所見は、正常範囲と認められたこと、その後の前記黒羽刑務所における服役中、原告が自己の健康の異常を訴えたことはなく、また同刑務所側から、精神的、肉体的異常が特段見受けられることはなかったこと、原告は、前記仮出獄後、朝起きる時頭重感があり、頭がはっきりしない、雨降りとか曇りの日はこれに頭痛が伴う、無理をして起床して立ち上がったりすると、頭ががんがん痛くなって目がくらんだりする、高い音とかキンとするような音が聞こえると、頭がどんどん痛くて、我慢できない位の頭痛で悩まされる、二、三時間タクシーに乗務すると頭痛がする、等、これを要するに、頭重感及び頭痛の主訴による自覚症状を覚えるようになり、この症状は現在でも存続しているものであるところ、原告の自己認識として、本件事故について、被告鈴木喜晴との間で、昭和四四年七月一三日に示談契約を締結した当時の頭重感や頭痛等の症状とは、全然違う症状内容である、と感じられていること、そこで、原告は、頭重感及び頭痛の現在症状の診療を求めて、昭和五七年中に、国立医療センター脳外科に通院するようになり、同科から飲み薬の処方を受け、それ以来、常時薬剤を服用したままタクシー乗務の仕事をするに至ったもので、なお、原告は、同科の主治医から、右薬剤について興奮とか発作を抑える薬であるとの説明を受けていたが、その薬剤名は知らされていなかったものであること、しかして、昭和五八年六月三〇日午後一〇時すぎころ、原告は、タクシー業務に従事し、都内環状七号線鹿浜橋付近を、空車で運転走行していた際、突然意識がなくなり、そのため、自車を逸走させた上、右鹿浜橋近傍のガードレールに衝突させ、更に、道路左側の歩道沿石を乗り越え付近の自転車置場にタイヤを落として停止するに至らせる自損事故を惹起したこと、右事故後、原告の血液中から、前記薬剤が多量に検出されたこと、原告は、右事故前には、瞬間的に意識がなくなるという経験をしたことがなかったもので、その後も、昭和五八年一一月一五日現在まで、右の如き症状は発現しておらず、右一時的意識喪失の発生機序については全く不明であること(原告が前記日時ころ前記各犯行をなし、これにより前記判決の宣告を受けて右のとおり服役したことの大要、及び原告と被告鈴木喜晴が前記のとおり示談契約を締結したことは、いずれも当事者間に争いがない。)、以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

(なお、三井記念病院脳神経外科に対する調査嘱託に対する回答において、昭和五七年七月五日における同科の原告に対する診断では特に異常な精神障害が認められていない旨述べられている事実、東都自動車株式会社に対する調査嘱託に対する回答において、原告の勤務先である同会社により、昭和五八年三月一六日現在で、原告について、他の運転手との比較において勤務状態は普通であり、身体的・精神的障害については別に劣っているとは思われない旨の意見が述べられている事実、がそれぞれ認められるが、原告の前記頭重感及び頭痛の現在症状は主訴による自覚症状であり、そうすると、それ自体、必ずしも他覚的な徴候を伴うものとは限らないものといえること、また、原告のタクシー運転走行中における前記一時的意識喪失状態の発生は、昭和五八年六月三〇日のことであり、前記診断ないし意見表明の時点より後のことであること、これらの点から考えると、前記各調査嘱託に対する回答の内容は、いずれも、原告の右各症状の発現事実と矛盾するものではないことが明らかである。)。

2  前記1認定の事実によれば、原告には、昭和五七年一月二二日の仮出獄以来現在に至るまで、頭重感及び頭痛の自覚症状が存在するものであるところ、他方本件事故による受傷の症状固定時である昭和四四年七月ころ同事故の後遺症の一症状として原告に存在していた頭重感や頭痛等の自覚症状は、前同認定の事実経過からすれば、前記各犯行時(昭和五二年一二月二九日)ころまでには全く消滅していたものと見られるのである。右後遺症たる自覚症状の消滅時期と原告の前記頭重感及び頭痛の現在症状の発症時期との時期的懸隔の点、更には、前者の症状と後者の症状が全然違う症状内容であるとの原告自身の自己認識の存在の点、等の事情から考えれば、原告の前記頭重感及び頭痛の現在症状(請求原因3(一)(1)の「慢性的な頭重感」はこれを指称するものと考えられる。)については、本件事故との間に因果関係があること、即ち、右症状が本件事故の後遺症であることを認めることはできないものというべきである。

次に、原告について、昭和五八年六月三〇日のタクシー運転走行中に突然意識がなくなるという症状が発生したことは前同認定のとおりであるところ、右一時的意識喪失の症状(請求原因3(一)(2)の「一時的に意識の欠落症状となる意識障害の症状」はこれを指称するものと考えられる。)についても、本件事故後右発症時点までの時期的懸隔、殊にこの間(約一五年間)にかつて一度も右症状が発症していないこと、及び右症状の発生機序については全く不明であること、等の事情から考えて、これまた、本件事故との間に因果関係があること、即ち、右症状が本件事故の後遺症であることを認めることはできないものというべきである。

3  ところで、原告が前記各犯行による傷害、傷害致死被告事件の公判中に前記鑑定人による精神鑑定を受けたところ、昭和五五年一月八日、同鑑定人により、交通事故による頭部外傷後遺症があり、大量飲酒下で、複雑酩酊状態を呈した、との鑑定(以下「本件鑑定」という。)がなされた事実は、当事者間に争いがない。

右当事者間に争いのない事実、《証拠省略》を総合すれば、従来、酩酊分類として広く採用されているのがスイスの精神医学者ビンダーの分類(一九三五年発表)であるところ、この分類は、酩酊を、(一)単純酩酊、(二)異常酩酊、に分け、更に、異常酩酊を、(1)複雑酩酊、(2)病的酩酊、に分けているもので、このうち単純酩酊は、正常酩酊で、極く一般的な酩酊像と経過を示すが、複雑酩酊は、単純酩酊から量的に異なる酩酊で、個体の興奮の程度と持続性が、量的に著しく強く、急激な出現を見ることが多い、麻痺期に入ってから再燃することがある、一般に気分は被刺激的であり、しばしば暴行傷害などの犯行に赴く、その行為は原則として周囲の状況から理解できる、平素の人格が抑制喪失のために変化する、概括的記憶を有することが多く、広範な記憶欠損のあることは稀である、というもので、これに対して、病的酩酊では、行為は周囲の状況から了解できない、変容した夢幻様の意識障害を示す、著名な健忘が出現するのが通例である、というものであること、右の酩酊分類を前提にした上で、原告に関し、「本件犯行当時における精神状態について」との鑑定事項について鑑定をしたのが本件鑑定であること、そこで同鑑定人は、原告の前記各犯行は説明する必要もないくらい周囲の状況から容易に了解可能であり、少くとも断片的な記憶を有していたことは確実であるから、原告の当時の酩酊は病的酩酊でなかったことは比較的容易に判定できる、とし、したがって、ここでは、主に、複雑酩酊か単純酩酊かが問題となるところ、両者は量的な問題であり、しばしばこの両者の区別が困難な例があるが本鑑定例もそうである、としながら、但し次のような理由で、前記各犯行当時、原告は複雑酩酊状態にあった可能性が強いと考える、とし、以下の①ないし③の理由を掲げているものであること、すなわち、

①  原告は、常習か、適量以上、前記各犯行時に大量飲酒している、

②  原告には、異常酩酊の病的基礎として重要な、頭部外傷既往歴があり、現在でも神経学的異常所見を認める、

③  酩酊時の興奮の程度が著しく、八ツ当たりなど興奮の放散が認められ、その程度は状況とはひどくかけ離れている、特に、死亡した寺内に対して、原告は、暴行し死に至らしめる程の負傷を与えるような特別の関係が全くないことは、関係者が一致して認めることである、

以上により、同鑑定人は単純酩酊には完全責任能力、複雑酩酊には限定責任能力、そして病的酩酊には責任無能力、を認めるビンダーの見解を原告の場合に適用してもいいように考えられる、とした上、原告につき、「頭部外傷後遺症があり、大量飲酒下で、複雑酩酊状態を呈した、と考えられる」との鑑定主文による本件鑑定をなしたものであること、本件鑑定が掲げた前記の三つの理由の中の②の「頭部外傷既往歴」とは本件事故による受傷(右受傷内容は前判示のとおりであるから、それが「頭部外傷」の範疇に入ることは、もとより明らかである。)を指しており、なお、そこでいわれる(現在でも認められる)「神経学的異常所見」とは、本件鑑定上、右同側性半盲を指しているものであること、かように、本件鑑定は、本件事故による頭部外傷の受傷事実それ自体を、原告が複雑酩酊であったとする推測の理由の一つとして掲記したものであるところ、しかるに、右頭部外傷が何故に、すなわち如何なる因果関係で、原告に対し同鑑定人の結論する複雑酩酊をもたらしたかについては、本件鑑定中におよそ何の記載もなく、僅かに「頭部外傷既往は古くから、てんかん、精神薄弱などと共に、異常酩酊誘発の病的基礎として知られている。」との一般論を述べるだけにとどまっていること、以上の事実が認められ、右認定を左右する証拠はない。

そうすると、本件鑑定により、原告が前記各犯行の当時、複雑酩酊状態にあったこと、それ自体を認めることには障害がないとしても、更に進んで、同鑑定のみを根拠として、右複雑酩酊が本件事故による受傷(頭部外傷)に基因する、すなわち本件事故の後遺症である、と断定するのは、同鑑定の前記の主旨から見て、到底困難であるというべきである。しかして、前記各犯行時の原告の酩酊状態が、本件事故の後遺症としての異常酩酊であることを認めるに足りる証拠は、他に存在しない。

右によれば、原告の請求の原因3(二)の主張(「原告には適量を越えた飲酒時に異常酩酊となる精神異常があるところ、右もまた、本件事故の後遺症に当たる。」旨の主張)については、結局、これを認めるに足りないものというべきである。

四  以上によれば、原告の本訴請求はその余の点を判断するまでもなく理由がないので、失当としてこれを棄却すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用の上、主文のとおり判決する。

(裁判官 福岡右武)

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